認知症だったおばあちゃんの話

いろいろばなし

だいぶ前に亡くなりましたが、独身の頃に一緒に住んでいた父方のおばあちゃんが70代後半くらいから物忘れやおかしな言動が多くなってきました。

そのころは今のように介護保険という制度もなく、家ですごしていました。
おばあちゃんとの思い出はいっぱいあったのでしょうが、しっかりしていた時の思い出よりも認知症になってからのことの方がより覚えています。

忘れないように書き留めておきたいと思います。

普段からお墓参りや買い物などでよく出かけていました。
同じ事を何回も言ったり、少し前に話したのに覚えていないということが多くなってきてもそこまでひどくないので外出は自由にしていました。

ひとつのものに固執するのも認知症だったからだと思いますが、出かけるたびに酢こんぶを買ってきました。
部屋中が酢こんぶの箱だらけ。そんなに酢こんぶが好きだったようにも思えないのになぜか集めていました。

あるとき近所のスーパーから「注文していただいてたスカーフが届いておりますので取りにいらしてください」と連絡があって、私の母親がおかしいなと思いながらも受取りに行ったらスカーフではなくスコンブです。
おばあちゃんが全部買い占めてしまい、その上取り寄せを頼んでいたのです。
せっかく取り寄せまでしてもらったけど、事情を話して謝って、断ってきたと言ってました。
店の人もきっとそんなに酢こんぶばっかり買うのおかしいと思っていたはずです。
でもお客さんだし、断ることもできないんでしょうね。

あと、編み物も好きで、認知症になっても編み物は忘れないようでした。
毛糸の座布団カバーをひたすら編み続けます。
しょっちゅう作って「あげるわ」と持ってきてくれるので、一応「ありがとう」と受取って、押し入れの中に放りこんでました。
そのうち、くれる頻度が激しくなってきたのと、形がどんどんおかしくなってきて、どこからも座布団を入れられなかったり、やけに細長い形だったりして、ちょっとおもしろく感じていました。
もらうたびに他の家族に一度見せびらかして、また押し入れに放りこむのでした。

一度なかなか帰って来ず、心配していたら全く知らない人の車に乗って帰ってきました。

家から二駅ほど向こうの、しかも車通りの多いところを歩いていたらしく、名前と住所を聞いてくれ、連れてきてくれたのです。
この後、認知症がもっと進んでもなぜか名前と住所はちゃんと言えました。

またこんなことがあるかもしれないと、カバンの中に住所電話番号名前を書いた紙を入れておいたり、服の見えない中の方に縫い付けたりしました。

そのあとも同じようなことがあと2,3回あり、とうとう玄関におばあちゃんが開けることのできないカギを設置し、家の中だけは歩き回れるようにしました。

症状が進んできて自分の家ではないと思い込むようになり、しょっちゅう「家に帰る」と言い、外へ出ようとしていました。
夜に寝ているときに気配を感じて目を開けると、真っ暗な中で風呂敷に荷物を包んだものを横に置いておばあちゃんが私の枕元で正座をしていました。
心臓が止まるほどびっくりしました。「おばあちゃんの家はここやから」と説明してもわかるはずがありません。
自分の家ではないのにお世話になって申し訳ないというようなことをいつも言っていました。自分の実家のことを本当の家と思っていたようです。

私も若かったし、認知症に対する知識も何もなく、「やっかいだな」と思っていたのが正直なところです。

いろんなものが紛失したり、大金をおろした形跡があるのにお金はどこにいったかわからなかったりしたこともありますが、暴言を吐いたり、暴力をふるったりしなかったのはまだ救いでした。

私は孫という立場でしたが、直接お世話をしていた母親はもっと大変だったでしょう。
本人は悪気はないのにもう少し優しく接してあげればよかったなと思ったりもしますが、何度も同じことばかり言うので疲れてくるし、その時の私にはそんな余裕はありませんでした。

私はおばあちゃんと顔が似ています。性格も体質も似ていると思っています。
認知症になる可能性が高いんじゃないかと内心ヒヤヒヤしています。
すでに兆候があるような気もします。
防げたらいいけど、将来のことはわかりません。

将来のことを心配しなくてもいい社会になればいいですね。
なんか変な終わり方ですが、今日はこのへんで。

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